ブラックホールはなぜ見えないのか

ブラックホールは見えない。だがブラックホールに落下していく物体がその途中で電磁波を放射することがあるので、それを見ることでブラックホールの存在を推定することができる(ブラックホールの観測方法は他にもある)。

ところで、なぜブラックホールは見えないのだろうか。それはたいてい、ブラックホールの重力がとても強いので光もブラックホールに引かれて外に出られないからだ、といったように説明される。確かに重力のせいでブラックホールからは光もまったく出てこないし、光が出てこなければ見えないのは当たり前なので、そこは間違っていない。しかしこの説明だけでは状況を正しく思い浮かべることは難しく、誤解を招くようにも思える。

ブラックホールはもともと一般相対性理論から予言されたものである。現実のブラックホールが本当にその理論どおりになっているかはまだよくわからないが、ここでは一般相対性理論で説明されるブラックホールがどういう構造になっているから見えないのかを簡単に述べる。

目次

1. 「見える」とはどういうことか

「なぜ見えないのか」を考える前に、「見える」とはどういうことなのかをはっきりさせておこう。

1.1 太陽の場合

例えば地球から太陽が見える場合を考えると、図1のように太陽表面から放射された光が地球に到達することである。

太陽から地球に光が届く空間の図
図1. 太陽から地球に届く光(空間的な図)

時間を意識してこの様子を描いたグラフが図2である。横軸は空間を、縦軸は時間を表す。実際は地球は公転運動をしているがここではそれは無視している。

太陽から地球に光が届く時空の図
図2. 太陽から地球に届く光

図2は、「A」で示した時刻・場所で放射された光が、「B」で示した時刻・場所に到着したことを意味する。これを逆に考えると、地球上の「B」の時刻・場所で光を観測したとすれば、図上でそこから光速で過去に遡っていく線上にあるどこかの時刻・場所でその光が放射されたと判断することができる。太陽表面から来たとすれば、この光が放射されたのは500秒前の「A」である。

1.2 高密度の天体の場合

ブラックホールではないが密度がとても大きい天体(例えば中性子星)を観測する場合について、図2と同様のグラフを描いたものが図3である(中性子星が可視光を放射するのかどうか知らないが、可視光でなくても何かの電磁波だと思ってほしい)。

高密度の天体から観測者に光が届く時空の図
図3. 高密度の天体から観測者に届く光

図3では観測した場所から光速で過去に遡る線が曲線になっている。中性子星に近いところで光速が遅くなっているようにも見えるが、そうではなく、中性子星(重力源)に近いところでは時間の進み方が遅くなっているという意味である。例えば重力源から離れた場所で1µ秒(100万分の1秒)が経過する間に重力源に近い場所では0.5µ秒しか経過しないとすれば、その期間で前者の場所では光が300m進むが後者の場所では光が150mしか進まないことになる。時間の進み方の遅れと重力の存在がどう関係あるのか疑問に思うかもしれないが、一般相対性理論ではそれら2つは同じことである。詳しく知りたければ一般相対性理論の教科書を見て欲しい。

いずれにしても、「A」で示した時刻・場所で放射された光が「B」で示した時刻・場所で観測される点は、前節の太陽の場合と同じである。

前節の図2では光の軌跡を直線で描いたが、これは太陽ごときの質量では時空の曲がり方が非常に小さいから直線で近似できたのであって、厳密にはそれも曲線で描かれるべきだったのである。

ではこれらが太陽や中性子星ではなくブラックホールだったらどうなるのだろうか。

2. もっとも単純な仮想的なブラックホールの場合

この章では理論的にもっとも単純な構造にモデル化されたブラックホールを考える。それは球対称・定常のブラックホールである。ここで言っている「定常」とは無限の過去から無限の未来までまったく姿を変えずに存在し続けているという意味である。現実の宇宙は138億年前にできたという説が優勢で、そうであれば無限の過去はないので、このような定常ブラックホールは現実には存在しないはずだ。しかし最初から現実的なややこしい条件を付けて考えるのは大変なので、まず単純なモデルから考えるのである。

見えない物体(?)と観測者の時空の図
図4. 見えない物体(?)と観測者

さて、「光が出てこないから見えない。」と聞くと図4のような状況が思い浮かぶかもしれない。この図では、「B」の時刻・場所に存在する観測者から図上で左下に光速で遡っていくと「A」にぶつかるが、「A」より先からは光が来ないからその先は見えない(真っ暗である)、という様子を表している。ブラックホールはこのような状況なのだろうか?

そうではない。

ブラックホールに関して同様の図を描くと図5のようになる。観測者が光を観測する点から光速で左下に延びる黄色い線は、事象の地平線(ブラックホールの表面)に達することなくどこまでも下(過去)に延びていく。何兆年、何京年遡っても、事象の地平線に届かないのだ。なお、この黄色い線や青い線のように、時空図の中に光や物体の軌跡を書き込んだ線のことを「世界線」と呼ぶ。わかりにくい言葉だがずっと昔から使われているので仕方がない。

ブラックホールと光の世界線の図
図5. ブラックホールと光の世界線

これを見ると、「今のところまだブラックホールの手前にある場所からの光しか届いていない」と考えることもできる。その状態が永久に続くからブラックホールは見えないのである。

(この線が事象の地平線の外側で無限に過去に伸びているように見えるのは、実は座標系の張り方が原因であって、本当はうまく座標系を張れば有限の範囲に収めることができる。その話にはホワイトホールも関係してくるが、そこまで説明すると大変なので今は触れないことにする。)

3. より現実的なブラックホールの場合

前章で考えた単純なブラックホールは無限の過去から存在するモデルであった。現実の恒星質量ブラックホールは恒星がその最期に重力崩壊して作られると考えられている。

重力崩壊の様子はおおまかに図6のようになる。薄緑色のところが崩壊する星である。ピンクの破線はシュバルツシルト半径を表している。シュバルツシルト半径の内側(左側)に星の質量のすべてが落ち込むとブラックホールになり、そうなったらそこに入った物は2度と外(右側)に出ることはできない。

重力崩壊する星(落下する座標系)の図
図6. 重力崩壊する星(落下する座標系)

ただしこの図は、重力崩壊する星の粒子とともに(あるいは後からそれを追って)星の中心に向かって落下していく観測者にとっての時間を基準にした図である。黄色い線は星の表面から外側に向かって放射された光の世界線である。これらの光は外部で静止している観測者に時間的に等間隔で届くようなものを描いているが、放射する側から見れば等間隔ではない。

ここで、特殊相対性理論の最初の方で勉強したことを思い出してほしい。離れた場所における「同時刻」は観測者によって異なるのであった。ここでも、落下していく観測者と外部で静止している観測者とでは同時刻が異なる。そこで図6の星の外部の部分に、外部で静止している観測者にとっての同時刻線のいくつかを青色の破線で示した(星の内部は面倒だから描いていない)。ここで注目してほしいことは、ブラックホールの内部にこの同時刻線が入り込まないことである。これは計算上、外部で静止している観測者にとってブラックホールができあがるのは無限の未来だということになる。

今考えたいことは、外部からこの星がどのように見える(見えない)か、であった。そこで図6を、外部で静止している観測者にとっての時間を基準にした座標系で描き直したものが図7である。描き直すというのは、青色の破線の曲線が横向きの直線になるように変形(座標変換)する、という意味である。

重力崩壊する星(静止した座標系)の図
図7. 重力崩壊する星(静止した座標系)

この座標系で考えると、星の表面はいつまで待ってもシュバルツシルト半径の内部に落ち込まず、その直前でほぼ止まってしまうのだ。図では星の表面の緑色の線とシュバルツシルト半径のピンクの破線が重なるように見えるが、厳密には緑色の線の方がほんのわずかに外側にある。その差は時間とともに指数関数的に小さくなっていくのでほとんどゼロであるが、厳密に正かゼロか負かと言われれば永久に正である。

これを外部で静止している観測者から見れば、ずっと星の表面が見え続ける……と思いたくなるかもしれないが、そうではなく無限に赤方偏移して(波長が伸ばされて)いずれ暗すぎて見えなくなってしまう。例えば星の表面の粒子が事象の地平線の内部に落ち込む直前の最後の1µ秒(100万分の1秒)間に500THzのオレンジ色の光を発したとして、外部で静止している観測者にその1µ秒分の光全体が届くには無限の時間がかかることになる。しかしその光波の山や谷は5億個しかないのだから、電磁場が5億回振動したら終わりである。その後はもう何も見えないのだ。

このように、実は外部の観測者から見ると、「ブラック」ではあるが「ホール」は永久に顔を出さない。しかし通常はこんなことをいちいち説明するのはめんどくさいから、この状態になったら一般に「ブラックホールができた。」と言っているのである。

最後に補足しておくと、ここで考えたモデルは球対称のブラックホールである。現実には重力崩壊する星は形も球対称ではないだろうし自転もしているはずなのでもっと複雑であるが、定性的な結論はたぶんそれほど大きく変わらないだろう。

4. 終わりに

第2章第3章でブラックホールが見えない本当の理由を説明した。

第2章のような無限の過去から(または138億年前の宇宙誕生当初から)存在する仮想的なブラックホールの場合なら、「光も出られないから見えない。」と思ってもいいだろう。しかし第3章のような星が重力崩壊してできる現実的なブラックホールの場合、まだシュバルツシルト半径の外側に星の表面が残っているがそこから来る光が無限に暗くなって見えなくなるのである。ということは事象の地平線の内側から光が外に出てこないことと、この天体が見えないこととは、直接的には関係ない。だから「光も出られないから見えない。」というのは、あまり厳密でない説明における方便なのである。

ここで1つウェブサイトを紹介しよう。コロラド大学の Andrew J. S. Hamilton 先生という人の「Falling Into a Black Hole」というウェブサイトがある。そこではブラックホールに接近および落下していく観測者がどの方向に何を見るかをきちんと計算して、静止画および動画も使って解説されている。興味があれば見てみるといいだろう。