真空の宇宙に対するフリードマン方程式を解く

前回の記事「フリードマン方程式の導出」でフリードマン方程式等を導いた。次は方程式を解く段階に進む。この記事では、まず最も単純な例としてエネルギーや圧力が0である真空の場合の厳密解を求める。そんな解は現実の宇宙に当てはめられないから興味がないという人もいるかもしれないが、この解からは意外なおもしろい知見が得られるのでやって損はないと思う。それに現実の宇宙は加速膨張しているのだから、将来は中身がどんどん薄まって真空とほとんど変わらない状況になるかもしれないではないか。

目次

1. 解くべき方程式

1.1 フリードマン方程式等

フリードマン方程式およびそれに付随する方程式は フリードマン方程式: 𝑎˙2𝑎2= 8𝜋𝐺3𝑐4𝜀 𝑘𝑎2 +𝛬3 (1) 加速度方程式: 𝑎¨𝑎= 4𝜋𝐺3𝑐4 (𝜀+3𝑝) +𝛬3 (2) エネルギー保存則: 𝜀˙ +3𝑎˙𝑎(𝜀+𝑝) =0 (3) 状態方程式: 𝑝=𝑝(𝜀) (4) であった。 𝑎 と 𝜀 と 𝑝 は時間座標 𝑤 (= 𝑐𝑡) の関数であり、 𝑎 はスケール因子、 𝜀 は宇宙を満たす完全流体のエネルギー密度、 𝑝 は宇宙を満たす完全流体の圧力である。ドット˙は時間座標 𝑤 による微分 dd𝑤 (=1𝑐dd𝑡) である。その他の文字は定数であり、 𝐺 は万有引力定数、 𝑐 は光速、 𝛬 は宇宙定数、 𝑘 は空間の曲率である。

4個の式を書いたが独立な条件は3個である。解が恒等的に 𝑎˙=0 (𝑎 が定数)でない限り、フリードマン方程式(1)式が成り立っている条件の下で、加速度方程式(2)式とエネルギー保存則(3)式は一方が成り立てば自動的に他方も成り立つのでどちらか一方は無視してよい。ただし解が恒等的に 𝑎˙=0 (𝑎 が定数)であるときは、フリードマン方程式(1)式が成り立てば自動的にエネルギー保存則(3)式も成り立つけれども、加速度方程式(2)式は独立になるので無視してはならない。ここまでは前回の記事でやったことだ。

1.2 真空の条件を代入

今回はエネルギーや圧力が0である真空の条件を適用する。その条件を式で書くと 𝜀 = 𝑝 = 0 であり、これは状態方程式(4)式の代わりとなるものである。そしてこれを残りの式に代入すると、フリードマン方程式(1)式と加速度方程式(2)式はそれぞれ 𝑎˙2𝑎2= 𝑘𝑎2 +𝛬3 (5) 𝑎¨𝑎=𝛬3 (6) となり、エネルギー保存則(3)式は 0 = 0 となって消える。したがって、(5)式を解いて出てきた解が、もし 𝑎˙=0 でなければ自動的に(6)式をも満たすので改めて(6)式のことを考える必要はないが、 𝑎˙=0 だったらそうとは言えないので別途(6)式を確認する必要がある、ということである。このことを意識しながら(5)式を解いていこう。

なお、仮定により 𝑎 ≧ 0 (等号成立は宇宙の始まりと終わりの瞬間だけ)である。

2. 方程式を解く

(5)式より、 𝑎˙2𝑎2 = 𝑘𝑎2+𝛬3 𝑎˙2 = 𝑘+𝛬3𝑎2 𝑎˙ = ±𝑘+𝛬3𝑎2 (7) である。このような微分方程式を解くときには、式の値が恒等的に0であるか否かによってこの先の式変形が異なる。

(7)式が恒等的に0である場合

(7)式の左辺が0だから 𝑎˙=0 であり 𝑎 は定数関数である。1.2節に書いたように、この場合は(6)式も確認しなければならないので先に(6)式を見ると、今は 𝑎¨=0 になるから(6)式が成り立つのは 𝛬 = 0 のときだけであることがわかる。そして(7)式の右辺も0だから 𝛬 = 0 ならば 𝑘 = 0 である。したがって解は、 𝛬 = 𝑘 = 0 のとき 𝑎 は任意の正の定数関数であり、 𝛬 ≠ 0 または 𝑘 ≠ 0 のときは解がない。

(7)式が恒等的に0でない場合

この場合は(7)式が(したがって(5)式が)成り立てば自動的に(6)式も成り立つから(6)式のことはもう忘れてよい。ここからは宇宙定数 𝛬 と空間の曲率 𝑘 の符号によって場合分けがいる。

【1】 𝛬 < 0 のとき

【1‐1】 𝛬 < 0, 𝑘 < 0 のとき

この先 3𝛬 が何度も出てくるので、 𝐿=3𝛬 と置く。(7)式より、 𝑎˙ = ±𝑘+𝛬3𝑎2 = ±𝑘𝛬3𝑎2 = ±𝑘𝑎2𝐿2 = ±𝑘 1𝑎2𝑘𝐿2 ± 𝑎˙ 𝑘 1𝑎2𝑘𝐿2 = 1 ± 𝑎˙ 𝑘 1𝑎2𝑘𝐿2 d𝑤 = d𝑤 𝐿arccos𝑎𝑘𝐿 = 𝑤𝑤𝑐 𝑤𝑐は積分定数) arccos𝑎𝑘𝐿 = 𝑤𝑤𝑐𝐿 𝑎𝑘𝐿 = cos𝑤𝑤𝑐𝐿 𝑎 = 𝑘𝐿cos𝑤𝑤𝑐𝐿 となる。これは時刻 𝑤=𝑤𝑐𝜋2𝐿 に大きさ0から始まって減速膨張し、時刻 𝑤=𝑤𝑐 に大きさが最大になって加速収縮に転じ、時刻 𝑤=𝑤𝑐+𝜋2𝐿 に大きさ0になって終わる宇宙であるように見える。

【1‐2】 𝛬 < 0, 𝑘 ≧ 0 のとき

𝑎 > 0 のとき(7)式の右辺の根号の中が常に負になるから解はない。

【2】 𝛬 = 0 のとき

【2‐1】 𝛬 = 0, 𝑘 < 0 のとき

(7)式より、 𝑎˙=±𝑘 𝑎˙d𝑤 = ±𝑘d𝑤 𝑎 = ±𝑘(𝑤𝑤𝑐) 𝑤𝑐は積分定数) となる。複号が+の解は、時刻 𝑤=𝑤𝑐 に大きさ0から始まって等速膨張し、無限の未来に大きさ∞になる宇宙であるように見える。複号が−の解は、無限の過去に大きさ∞だったものが等速収縮し、時刻 𝑤=𝑤𝑐 に大きさ0になって終わる宇宙であるように見える。

このような計量で表される宇宙をミルン宇宙 (Milne universe) と呼ぶ。

【2‐2】 𝛬 = 0, 𝑘 = 0 のとき

(7)式が恒等的に0でないという前提に反する。

【2‐3】 𝛬 = 0, 𝑘 > 0 のとき

(7)式の右辺の根号の中が負の定数になるから解はない。

【3】 𝛬 > 0 のとき

この先 3𝛬 が何度も出てくるので、 𝐿=3𝛬 と置く。(7)式より、 𝑎˙ = ±𝑘+𝛬3𝑎2 = ±𝑘+𝑎2𝐿2 = ±𝑎2𝐿2𝑘 (8) である。

【3‐1】 𝛬 > 0, 𝑘 < 0 のとき

(8)式より 𝑎˙ = ±𝑎2𝐿2𝑘 = ±𝑘 𝑎2𝑘𝐿2+1 ± 𝑎˙ 𝑘 𝑎2𝑘𝐿2+1 = 1 ± 𝑎˙ 𝑘 𝑎2𝑘𝐿2+1 d𝑤 = d𝑤 ±𝐿arsinh𝑎𝑘𝐿 = 𝑤𝑤𝑐 𝑤𝑐は積分定数) arsinh𝑎𝑘𝐿 = ±𝑤𝑤𝑐𝐿 𝑎𝑘𝐿 = ±sinh𝑤𝑤𝑐𝐿 𝑎 = ±𝑘𝐿sinh𝑤𝑤𝑐𝐿 となる。複号が+の解は、時刻 𝑤=𝑤𝑐 に大きさ0から始まって加速膨張し、無限の未来に大きさ∞になる宇宙であるように見える。複号が−の解は、無限の過去に大きさ∞だったものが減速収縮し、時刻 𝑤=𝑤𝑐 に大きさ0になって終わる宇宙であるように見える。

【3‐2】 𝛬 > 0, 𝑘 = 0 のとき

(8)式より 𝑎˙ = ±𝑎2𝐿2 =±𝑎𝐿 ±𝐿𝑎˙𝑎=1 ±𝐿𝑎˙𝑎d𝑤 = d𝑤 ±𝐿ln𝑎 = 𝑤𝑤𝑐 𝑤𝑐は積分定数) ln𝑎 = ±𝑤𝑤𝑐𝐿 𝑎 = exp(±𝑤𝑤𝑐𝐿) となる。複号が+の解は、無限の過去に大きさ0だったものが加速膨張し、無限の未来に大きさ∞になる宇宙であるように見える。複号が−の解は、無限の過去に大きさ∞だったものが減速収縮し、無限の未来に大きさ0になる宇宙であるように見える。

主にこのような計量で表される宇宙をドジッター宇宙 (de Sitter universe) と呼ぶ。

【3‐3】 𝛬 > 0, 𝑘 > 0 のとき

(8)式より 𝑎˙ = ±𝑎2𝐿2𝑘 = ± 𝑘𝑎2𝑘𝐿21 ± 𝑎˙ 𝑘𝑎2𝑘𝐿21 = 1 ± 𝑎˙ 𝑘𝑎2𝑘𝐿21 d𝑤 = d𝑤 ±𝐿arcosh𝑎𝑘𝐿 = 𝑤𝑤𝑐 𝑤𝑐は積分定数) arcosh𝑎𝑘𝐿 = ±𝑤𝑤𝑐𝐿 𝑎𝑘𝐿 = cosh𝑤𝑤𝑐𝐿 𝑎 = 𝑘𝐿cosh𝑤𝑤𝑐𝐿 となる。これは無限の過去に大きさ∞だったものが減速収縮し、時刻 𝑤=𝑤𝑐 に大きさが最小になって加速膨張に転じ、無限の未来に大きさ∞になる宇宙であるように見える。

3. 解のまとめ

以上で出てきた解をまとめると、表1のようになる。ただし、定数関数でない各解で現れた積分定数 𝑤𝑐 には時間座標 𝑤 の原点をずらす効果しかなくて、時空の実体は変わらないから、 𝑤𝑐 = 0 とした。また、定数関数の解における定数の値は動径座標 𝑟 のスケールを規定するだけで、時空の実体に影響しないから、定数の値を1とした。

表1. フリードマン方程式の真空解のスケール因子 𝑎(𝑤) 
3次元空間の曲率 𝑘 備考
𝑘 < 0
(超擬球面)
𝑘 = 0
(平坦)
𝑘 > 0
(超球面)




𝛬
𝛬 < 0 𝑎=𝑘𝐿cos𝑤𝐿 解なし 解なし ただし 𝐿=3𝛬
𝛬 = 0 𝑎=±𝑘𝑤 𝑎=1 解なし
𝛬 > 0 𝑎=±𝑘𝐿sinh𝑤𝐿 𝑎=exp(±𝑤𝐿) 𝑎=𝑘𝐿cosh𝑤𝐿 ただし 𝐿=3𝛬

このように、真空で一様・等方な時空の計量は6種類(複号を区別すれば9種類)の解が存在する。①・③・⑥の解は時間反転に対して対称である。②・④・⑤の解は複号の反転が時間の反転に対応し、複号が+なら 𝑎 が時間とともに増加し複号が−なら 𝑎 が時間とともに減少する。

②の計量で表される宇宙はミルン宇宙、⑤の計量で表される宇宙はドジッター宇宙である。③はただのミンコフスキー時空だ。

しかし話はこれで終わらない。表1の解の種類は本当はもっと少ないのだ。いくつかの解は物理的に同じ時空が座標系の張り方の違いのせいで異なる表式で表されているだけである。この話の続きは別の記事「ドジッター時空の座標変換と5次元への埋め込み」で扱うことにする。

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