人工衛星の時間のずれ(1)

地球を周回する人工衛星の時間は、地上の時間からずれる。(図1

そのずれを計算する方法は主に2つある。1つ目の方法は、人工衛星が動いているために生じる時間の遅れと、人工衛星が高いところに位置しているために生じる時間の進みを、別々に算出して足す方法である。2つ目の方法は、重力場の方程式の解を使ってまとめて一気に計算する方法である。

ここでは円軌道の人工衛星に対して両方のやり方で計算し、両者が同じ結果になることを示す。

人工衛星の時間がずれる図
図1. 人工衛星の時間と地上の時間がずれる

目次

第1章 時間のずれを計算する2つの方法

地球を周回する人工衛星と、地上とでは、相対性理論で説明される時間のずれが生じる。ここでは以下のようなモデルを使って時間のずれを計算する

計算方法は次のように2つのものが考えられる。

第一の方法はこうだ。まずニュートン力学に基づいて人工衛星の軌道(高度と速度)を算出する。次に、その速度の情報を使って特殊相対性理論に基づいて人工衛星の時間の遅れ(特殊相対論的効果)を計算する。また、人工衛星の高度の情報を使って等価原理に基づいて人工衛星の時間の進み(一般相対論的効果)を計算する。これらの2つの効果による時間の遅れと進みを足し合わせれば人工衛星の時間のずれが計算できるというわけである。

第二の方法は、一般相対性理論の重力場の方程式の球対称解であるシュバルツシルト解を使って、人工衛星の固有時と地上の固有時をそれぞれ計算し、両者を比較する方法である。

世間では第一の方法のみを説明している解説が目立つ。時間がずれる原因を単純化して説明するには確かに第一の方法がやりやすい。しかし第一の方法は段階ごとにニュートン力学と特殊相対性理論と一般相対性理論を使っており、さらに3次元空間の曲がりを無視(時間軸の曲がりのみを考慮)しており、論理がわかりにくい。本当にこんな計算方法でよいのか心配になる人もいるであろう。

第二の方法は計算が少々長いがあいまいなところがなく論理が一貫していてわかりやすい。ただし一般相対性理論を知らない人にとっては何をしているのかさっぱりわからないと思う。

ここでは両方の方法で計算して、それらが一致することを示す。

第2章 第一の方法を使った計算

2.1 人工衛星の軌道

ニュートン力学に基づいて人工衛星の高度と速度との関係を求める。仮定により人工衛星の軌道は円軌道であるから、その運動方程式は 𝑚𝑣2𝑟 =𝐺𝑀𝑚𝑟2 である。ただし 𝐺 は万有引力定数、 𝑀 は地球の質量、 𝑚 は人工衛星の質量、 𝑟 は人工衛星の軌道半径、 𝑣 は人工衛星の速さである。これを変形すれば、 𝑣2=𝐺𝑀𝑟 (1) のようになる。𝑟 は地球中心からの距離であるから、地面からの高度よりも地球半径の分だけ大きい。

2.2 特殊相対論的効果

今は地球の重力があるので厳密には特殊相対性理論は成り立たないが、重力が小さいので近似的に成り立つものとする。

特殊相対性理論によれば運動する物体の時間は遅れるのであった。運動する物体の時間は静止する物体の時間の 1𝑣2𝑐2 倍になるというものである。ただし 𝑣 は物体の速さ、 𝑐 は光速である。これに(1)式を代入するのであるが、 𝑣𝑐 の大きさを考えてみると仮に地面すれすれを飛ぶ人工衛星であっても約4万分の1であり1に比べてとても小さい。もっと高いところを飛ぶ人工衛星ではもっと小さい。よって、 𝑣𝑐 の最低次(2次)まで計算し高次の項を無視して(1)式を代入すると 1𝑣2𝑐2 = (1𝑣2𝑐2)12 1𝑣22𝑐2 = 1𝐺𝑀2𝑐2𝑟 である。つまり人工衛星の速度に起因する時間の進み方のずれは経過時間の 𝐺𝑀2𝑐2𝑟 倍である。

2.3 一般相対論的効果

等価原理によれば重力ポテンシャルが低い場所ほど時間は遅れるのであった。重力があまり強くないとき、重力場中の時間は基準となる場所の時間の ( 1 + Φ(1)Φ(0) 𝑐2 ) 倍になるというものである。つまり時間の進み方のずれは経過時間の Φ(1)Φ(0) 𝑐2 倍である。ただし Φ(0) は基準となる場所の重力ポテンシャル、 Φ(1) は問題の場所の重力ポテンシャルである。ここで言っている「重力ポテンシャル」はニュートン力学で計算したものを使えばよい。

地球半径を 𝑅 として、 Φ(0) と Φ(1) をそれぞれ地上と軌道上の重力ポテンシャルとすれば、 Φ(0)=𝐺𝑀𝑅 Φ(1)=𝐺𝑀𝑟 である。したがって重力ポテンシャルの差に起因する時間の進み方のずれは経過時間の Φ(1)Φ(0) 𝑐2 = (𝐺𝑀𝑟) (𝐺𝑀𝑅) 𝑐2 = 𝐺𝑀𝑐2𝑟 +𝐺𝑀𝑐2𝑅 倍である。 𝑅 < 𝑟 だからこれは正である。

2.4 合計

2.2節の特殊相対論的効果による時間のずれは経過時間の 𝐺𝑀2𝑐2𝑟 倍であり、2.3節の一般相対論的効果による時間のずれは経過時間の 𝐺𝑀𝑐2𝑟 +𝐺𝑀𝑐2𝑅 倍であるから、両者を足せば人工衛星の時間のずれが算出できる。つまり、地上の経過時間を 𝛥𝜏(地) 、人工衛星の経過時間を 𝛥𝜏(衛) とすれば、 𝛥𝜏()𝛥𝜏() 𝛥𝜏() = 𝐺𝑀2𝑐2𝑟 + ( 𝐺𝑀𝑐2𝑟 +𝐺𝑀𝑐2𝑅 ) = 3𝐺𝑀2𝑐2𝑟 +𝐺𝑀𝑐2𝑅 (2) である。これが正なら人工衛星の時間が地上より早く進み、負なら人工衛星の時間が地上より遅く進む。具体的な値がどうなるかは第5章で考える。

以上が第一の方法による計算である。

第3章 第二の方法を使った計算

3.1 線素と測地線方程式

最初に座標を定義する。ここで用いる座標系は一般的なシュバルツシルト座標である。座標変数は以下とする。

𝑥 = 𝑐𝑡
時間座標(未来方向が正)
𝑥¹ = 𝑟
動径座標
𝑥² = 𝜃
角度座標(0 ≦ 𝜃 ≦ 𝜋)
𝑥³ = 𝜑
角度座標(周期2𝜋、人工衛星の進行方向が正)

ここで人工衛星の軌道が 𝜃=𝜋2 (定数)となるようにする。地球の緯度や経度とは関係なく、人工衛星の軌道を基準にして座標系を張るという意味である。球対称であるからこれは可能である。

シュバルツシルト解の線素 d𝑠 の式は以下である。 d𝑠2 = 𝑐2d𝜏2 = (1𝑟𝑠𝑟) 𝑐2d𝑡2 +11𝑟𝑠𝑟d𝑟2 +𝑟2d𝜃2 +𝑟2sin2𝜃d𝜑2 ただし 𝜏 は固有時、 𝑟𝑠 はシュバルツシルト半径である。この後で固有時 𝜏 をパラメータとして使う予定なので、全体を d𝜏² で割って 𝑐2 = (1𝑟𝑠𝑟) 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 + 11𝑟𝑠𝑟 (d𝑟d𝜏)2 +𝑟2(d𝜃d𝜏)2 + 𝑟2sin2𝜃(d𝜑d𝜏)2 (3) としておく。 d𝑠 はもう使わないので省略した。

測地線方程式は、 d2𝑥𝜆d𝜎2 + 𝛤𝜆𝜇𝜈 d𝑥𝜇d𝜎d𝑥𝜈d𝜎 =0 (4) である。ただし 𝜎 はパラメータである。 𝛤𝜆𝜇𝜈 にはシュバルツシルト解のクリストッフェル記号を代入すればよい。それは「シュバルツシルト解のリーマン曲率テンソル」の記事の「シュバルツシルト解(外部解)のクリストッフェル記号」のところで求めてあるのでここでは結果だけを書くと、 𝛤100 = 𝑟𝑠2𝑟2 (1𝑟𝑠𝑟) , 𝛤001= 𝛤010= 𝑟𝑠 2𝑟2(1𝑟𝑠𝑟) , 𝛤111 = 𝑟𝑠 2𝑟2(1𝑟𝑠𝑟) , 𝛤212= 𝛤221= 1𝑟 , 𝛤313= 𝛤331= 1𝑟 , 𝛤122 = 𝑟(1𝑟𝑠𝑟) , 𝛤323= 𝛤332= cot𝜃 , 𝛤133 = 𝑟(1𝑟𝑠𝑟)sin2𝜃 , 𝛤233 = sin𝜃cos𝜃 であり、上記以外の成分は0である。これらのクリストッフェル記号を(4)式に代入し、またパラメータ 𝜎 として固有時 𝜏 を使うことにして 𝜎 = 𝜏 を代入すれば、測地線方程式(運動方程式)は d2(𝑐𝑡)d𝜏2 + 𝑟𝑠 𝑟2(1𝑟𝑠𝑟) d(𝑐𝑡)d𝜏d𝑟d𝜏 =0 (5) d2𝑟d𝜏2 + 𝑟𝑠2𝑟2 (1𝑟𝑠𝑟) (d(𝑐𝑡)d𝜏)2 𝑟𝑠 2𝑟2(1𝑟𝑠𝑟) (d𝑟d𝜏)2 𝑟(1𝑟𝑠𝑟) (d𝜃d𝜏)2 𝑟(1𝑟𝑠𝑟)sin2𝜃 (d𝜑d𝜏)2 =0 (6) d2𝜃d𝜏2 + 2𝑟 d𝑟d𝜏d𝜃d𝜏 sin𝜃cos𝜃(d𝜑d𝜏)2 =0 (7) d2𝜑d𝜏2 +2𝑟d𝑟d𝜏d𝜑d𝜏 +2cot𝜃d𝜃d𝜏d𝜑d𝜏 =0 (8) のようになる。

3.2 人工衛星の時間

線素の式と測地線方程式(運動方程式)を使って、人工衛星の固有時と座標時との関係を求める。

円軌道であるから 𝑟 は一定なので d𝑟 = 0 である。また、 𝜃=𝜋2 (定数)となるように座標系を張ったので d𝜃 = 0 である。そこで 𝜃=𝜋2, d𝑟=d𝜃=0 を線素の式および測地線方程式に代入すると、(3)(5)・(6)(8)式はそれぞれ 𝑐2 = (1𝑟𝑠𝑟) 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 +𝑟2(d𝜑d𝜏)2 (9) d2(𝑐𝑡)d𝜏2 =0 (10) 𝑟𝑠2𝑟2 (1𝑟𝑠𝑟) (d(𝑐𝑡)d𝜏)2 𝑟(1𝑟𝑠𝑟) (d𝜑d𝜏)2 =0 (11) d2𝜑d𝜏2=0 (12) のようになり、(7)式は 0 = 0 となって消えてしまう。解くべき方程式は(9)〜(12)式である。(11)式より、 𝑟𝑠2𝑟2 (1𝑟𝑠𝑟) (d(𝑐𝑡)d𝜏)2 𝑟(1𝑟𝑠𝑟) (d𝜑d𝜏)2 = 0 (1𝑟𝑠𝑟) { 𝑟𝑠2𝑟2 (𝑐d𝑡d𝜏)2 𝑟(d𝜑d𝜏)2 } = 0 1𝑟𝑠𝑟 は0でないから 𝑟𝑠2𝑟2 (𝑐d𝑡d𝜏)2 𝑟(d𝜑d𝜏)2 = 0 𝑟(d𝜑d𝜏)2 = 𝑟𝑠2𝑟2 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 (d𝜑d𝜏)2 = 𝑟𝑠2𝑟3 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 (13) である。(13)式(9)式に代入し、 𝑐2 = (1𝑟𝑠𝑟) 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 + 𝑟2 𝑟𝑠2𝑟3 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 𝑐2 = ( 1 +𝑟𝑠𝑟 +𝑟𝑠2𝑟 ) 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 𝑐2 = (1+3𝑟𝑠2𝑟) 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 (13𝑟𝑠2𝑟) 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 = 𝑐2 (d𝑡d𝜏)2 = 113𝑟𝑠2𝑟 (14) d𝑡d𝜏 = 113𝑟𝑠2𝑟 (15) のようになる。𝑡 は未来方向を正と定義したので最後の平方根は正のものを採用した。また、今の問題では不要であるが(14)式(13)式に代入すれば (d𝜑d𝜏)2 = 𝑟𝑠2𝑟3𝑐2 113𝑟𝑠2𝑟 d𝜑d𝜏 = 𝑐 𝑟𝑠 2𝑟3 (13𝑟𝑠2𝑟) (16) も求まる。𝜑 は人工衛星の進行方向を正と定義したので最後の平方根は正のものを採用した。(10)(12)式はまだ使っていないが、今は 𝑟 が一定であるから(15)(16)式(10)(12)式を満たすことはすぐにわかる。

(15)式より、人工衛星の固有時が 𝛥𝜏 だけ進んだときに座標時の変化分が 113𝑟𝑠2𝑟𝛥𝜏 になることがわかる。逆に座標時が 𝛥𝑡 だけ変化するには人工衛星の固有時が 13𝑟𝑠2𝑟𝛥𝑡 だけ進む必要がある。

3.3 地上の時間

線素の式を使って、地上の固有時と座標時との関係を求める。

地上の時計は静止しているので d𝑟 = d𝜃 = d𝜑 = 0 である。また、地上における 𝑟 座標の値を 𝑟 = 𝑅 とする。これらを(3)式に代入すると、 𝑐2 = (1𝑟𝑠𝑅) 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 (1𝑟𝑠𝑅) 𝑐2(d𝑡d𝜏)2 = 𝑐2 (d𝑡d𝜏)2 = 11𝑟𝑠𝑅 d𝑡d𝜏 = 11𝑟𝑠𝑅 (17) のようになる。𝑡 は未来方向を正と定義したので最後の平方根は正のものを採用した。

なお、地上の時計は重力に逆らって静止しているからその世界線は測地線ではない。したがって測地線方程式を満たさない。

(17)式より、地上の固有時が 𝛥𝜏 だけ進んだときに座標時の変化分が 11𝑟𝑠𝑅𝛥𝜏 になることがわかる。逆に座標時が 𝛥𝑡 だけ変化するには地上の固有時が 1𝑟𝑠𝑅𝛥𝑡 だけ進む必要がある。

3.4 人工衛星と地上との比較

座標時が 𝛥𝑡 だけ変化するとき、3.2節より人工衛星の固有時は 𝛥𝜏() = 13𝑟𝑠2𝑟𝛥𝑡 だけ進み、3.3節より地上の固有時は 𝛥𝜏() = 1𝑟𝑠𝑅𝛥𝑡 だけ進む。したがって両者のずれは 𝛥𝜏()𝛥𝜏() 𝛥𝜏() = 𝛥𝜏()𝛥𝜏() 1 = 13𝑟𝑠2𝑟𝛥𝑡 1𝑟𝑠𝑅𝛥𝑡 1 = 13𝑟𝑠2𝑟 1𝑟𝑠𝑅 1 (18) となる。(18)式に地球のシュバルツシルト半径 𝑟𝑠=2𝐺𝑀𝑐2 を代入するのであるが、 𝑟𝑠𝑟𝑟𝑠𝑅 の大きさを考えてみると、 𝑟𝑠𝑅 は約7億分の1であり1に比べてとても小さい。 𝑟𝑠𝑟 はさらにもう少し小さい。よって、 𝑟𝑠𝑟𝑟𝑠𝑅 の最低次(1次)まで計算し高次の項を無視して(18)式に代入すると 𝛥𝜏()𝛥𝜏() 𝛥𝜏() = 13𝑟𝑠2𝑟 1𝑟𝑠𝑅 1 = (13𝑟𝑠2𝑟) 12 (1𝑟𝑠𝑅)12 1 (13𝑟𝑠4𝑟) (1+𝑟𝑠2𝑅) 1 1 3𝑟𝑠4𝑟 +𝑟𝑠2𝑅 1 = 3𝑟𝑠4𝑟 +𝑟𝑠2𝑅 = 34𝑟2𝐺𝑀𝑐2 +12𝑅2𝐺𝑀𝑐2 = 3𝐺𝑀2𝑐2𝑟 +𝐺𝑀𝑐2𝑅 (19) である。これが正なら人工衛星の時間が地上より早く進み、負なら人工衛星の時間が地上より遅く進む。具体的な値がどうなるかは第5章で考える。

以上が第二の方法による計算である。

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