シュバルツシルト解(外部解)の導出(1)

シュバルツシルト解(外部解)は重力場の方程式の自明でない厳密解の中で最も単純なものの一つである。それを導出してみよう。

目次

第1章 今からやることの意味

具体的な計算に入る前に、この章では今からやろうとしていることの意味をはっきりさせておこう。

今から解く方程式は一般相対性理論の重力場の方程式である。それは一般に 𝐺𝜇𝜈+𝛬𝑔𝜇𝜈 =𝜅𝑇𝜇𝜈 (1) のような形で書かれる(ただしどれかの項の符号が逆になる流儀もある)。

𝐺𝜇𝜈 はアインシュタインテンソル、 𝑔𝜇𝜈 は計量テンソル、 𝑇𝜇𝜈 はエネルギー運動量テンソルである。 𝛬 と 𝜅 は定数である。添え字の 𝜇 と 𝜈 にはそれぞれ0〜3が入るので(1)式は16個の方程式をまとめて書いたものであるが、ここに出てくる3つのテンソルはいずれも 𝜇 と 𝜈 を入れ替えても値が変わらない対称テンソルであるから、実体は10個の方程式である。

𝐺𝜇𝜈 の中身は計量テンソルとその微分(最大2階)の塊でできているので、計量テンソルが決まれば左辺が決まる。右辺はエネルギーと運動量(と計量テンソル)に依存して決まる。つまりこの方程式は、時空の各点において、時空の曲がりとエネルギー・運動量の関係を定める方程式である。今からその厳密解の一つを見つけようというのである。

計量テンソルを未知関数だと考えれば、(1)式は10元連立非線形2階偏微分方程式である。そんなものが簡単に解けるわけがない。だが厳しい条件を課して大幅に簡略化すればその条件下で厳密解が求められる場合がある。そこで次のような条件を仮定する。

まず定数 𝛬 (「宇宙定数」と呼ばれる。)の値をゼロだと仮定する。あるいは同じことだが左辺第2項(「宇宙項」と呼ばれる。)を無視する。2021年現在、この宇宙における 𝛬 の詳しい値はまだよくわかっていない(もしかしたら本当にゼロかもしれない)が、個別の天体の近所といった(宇宙全体に比べて)狭い範囲のことだけを考える限り宇宙項の影響はものすごく小さいことはわかっているので、とりあえずゼロとみなしてやる。歴史的には、後からゼロだと仮定したのではなく、昔の理論では宇宙項自体が存在しなかったのであるが、歴史的経緯の説明はめんどくさいので省略する。 𝛬 がゼロでない場合の厳密解は別の記事「宇宙項があったらシュバルツシルト解はどう変わるか」で考える。

次に、時空および物質分布が空間原点を中心とした球対称であり、なおかつ定常である(時間に依存しない)という条件を課す。

最後に、右辺のエネルギー運動量テンソルがゼロという条件を課す。これは宇宙全体が真空だと言っているのではなくて、天体の外部など、真空である場所のみで成り立つ解を求めるという意味である。だからこの解のことを「外部解」と呼ぶ。この「真空」は物質がないだけでなく電磁場のエネルギーもゼロでなければならない。光も存在しない真っ暗闇である。

以上のような仮定は、一つの天体とその周りの空間を単純化したモデルである。これらの条件により、(1)式 𝐺𝜇𝜈=0(2) という簡単な形になる。あるいは添え字を下げて 𝐺𝜇𝜈=0 (3) 𝐺𝜇𝜈=0 (4) という形で書くこともできる。両辺に計量テンソルを掛けて縮約すれば(2)(4)式を相互に変換できるのでどれでも条件は同じである。この記事では(3)式を解く。大差はないが(3)式は他の2つより計算や説明がやや簡単だからである。さらに、これらとは異なる別の形の方程式に変形してからそれを解くことで計算量を減らすテクニックもあるが、それについては後で時期が来たら話す。

平坦なミンコフスキー時空を考えると、その曲率は宇宙全体でゼロであるから(2)(4)式を満たしていて、それは自明な解である。それ以外の自明でない解を探した結果、見つかった解の一つが今から導出するシュバルツシルト解(外部解)である。

第2章 シュバルツシルト解(外部解)を求める最も正統な方法

シュバルツシルト解を求める方法はいろいろなバリエーションがある。この章では最も正統な解き方を紹介する。ここで言っている正統とは、追加の知識やひらめきを要する計算テクニックを使わず、基本的な知識だけで解くという意味である。いくつかの計算テクニックについては第3章で述べる。

なお、カール・シュバルツシルト先生が世界で初めてこの問題を解いたときのやり方は大きく異なるが、めんどくさいのでこの記事では触れない。

2.1 条件を式で表す

最初にやることは未知関数をうまく定義することである。この節で述べることは多くの教科書で簡単に済まされており、中にはいきなり次節の内容から始まる教科書もある。紙面に制約がある紙の本では、初歩的なことは省略されているのである。しかしきちんと知っておいた方がよいと思うので、ここではサボらずに説明しておくことにする。

座標系

まず座標系の形を決めなければならない。空間的には球対称だから極座標(球座標)みたいなのがよいだろう。それに時間座標を加えて、次のように仮定する。

𝑥 = 𝑤
時間座標(未来方向が正)
𝑥¹ = 𝑟
動径座標
𝑥² = 𝜃
角度座標(緯度:北極が0)
𝑥³ = 𝜑
角度座標(経度)

ただし、まだ方程式が解けたわけではないので、上に書いた座標の意味は仮定である。

計量テンソル

次に、未知関数である計量テンソル 𝑔𝜇𝜈 は対称テンソルであるから (𝑔𝜇𝜈)= ( 𝑔00 𝑔01 𝑔02 𝑔03 𝑔01 𝑔11 𝑔12 𝑔13 𝑔02 𝑔12 𝑔22 𝑔23 𝑔03 𝑔13 𝑔23 𝑔33 ) という形の10個の独立成分で書くことができる。これらに対して、時空が球対称で定常であるという条件を課して形を限定していこう。まず定常であるから 𝑤 には依存しないはずだ。だが、同様に球対称だからすべてが 𝜃, 𝜑 に依存しないかと言えば、そうではない。というのは 𝜃, 𝜑 座標の基底自体が球対称でない(特定の円周方向を向いており大きさもそろっていない)ので、計量の第2, 3行および第2, 3列は 𝜃, 𝜑 にも依存する可能性がある。一方、 𝑤, 𝑟 座標の基底は球対称だから第0, 1行の第0, 1列は 𝜃, 𝜑 に依存せず 𝑟 のみの関数だと言える。

第2, 3行および第2, 3列についてさらに考えてみよう。球対称であるから、 𝑥³ = 𝜑 の正方向と負方向で違いはないはずである。このことから 𝑔₀₃ = 𝑔₁₃ = 𝑔₂₃ = 0 であることが言える。そうでなかったら東方向と西方向で時空の性質が違うことになってしまって球対称でなくなるからだ。同様に 𝑥² = 𝜃 についても同じことが言えて、 𝑔₀₂ = 𝑔₁₂ = 𝑔₂₃ = 0 である。

ところで3次元ユークリッド空間に埋め込まれた半径 𝐷 の2次元球面に普通の角度座標 (𝜃, 𝜑) を張った場合の計量テンソルは (𝑔𝑖𝑗)= ( 𝐷20 0𝐷2sin2𝜃 ) である。今から求めるシュバルツシルト解も、 𝑥 = 𝑤 と 𝑥¹ = 𝑟 を固定した球面上で円周方向のみを考えればこれと同じになっているはずで、ただ半径がいくらの球面と同じなのかはまだわからないから、 ( 𝑔22𝑔23 𝑔23𝑔33 ) = ( {𝐷(𝑟)}20 0{𝐷(𝑟)}2sin2𝜃 ) のように置く。0でないかもしれない残りの3成分を 𝑔₀₀ = −𝐹(𝑟) 、 𝑔₁₁ = 𝐺(𝑟) 、 𝑔₀₁ = 𝐻(𝑟) と置けば、計量テンソルは (𝑔𝜇𝜈)= ( 𝐹(𝑟) 𝐻(𝑟) 0 0 𝐻(𝑟) 𝐺(𝑟) 0 0 0 0 {𝐷(𝑟)}2 0 0 0 0 {𝐷(𝑟)}2sin2𝜃 ) (5) のように表される。 𝑥 = 𝑤 は時間だと仮定したので、 𝑔₀₀ には最初からマイナスをつけておいた。これが球対称・定常な時空の計量テンソルである。線素の式は d𝑠2= 𝐹(𝑟)d𝑤2 +2𝐻(𝑟)d𝑤d𝑟 +𝐺(𝑟)d𝑟2 +{𝐷(𝑟)}2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) (6) のようになる。10個あった未知関数がこれで4個にまで減った。

計量テンソルの簡略化

未知関数の数を4個よりもっと減らしたい。そのためには次のように考えればよい。

仮に(3)式が解けて(5)式の未知関数がすべて求まったとしよう。ここで次のような座標変換をする。 𝑤 𝑤= 𝑤𝐻(𝑟)𝐹(𝑟)d𝑟 (7) 旧座標 𝑤 で表された量を新座標 𝑤′ で表すと 𝑤 = 𝑤 +𝐻(𝑟)𝐹(𝑟)d𝑟 (8) d𝑤 = ∂𝑤∂𝑤d𝑤+∂𝑤∂𝑟d𝑟 = d𝑤 +𝐻(𝑟)𝐹(𝑟)d𝑟 d𝑤2 = { d𝑤 +𝐻(𝑟)𝐹(𝑟)d𝑟 } 2 = d𝑤2 + 2𝐻(𝑟)𝐹(𝑟) d𝑤d𝑟 + { 𝐻(𝑟)𝐹(𝑟) } 2 d𝑟2 であるから、これらを(6)式に代入すると線素は d𝑠2 = 𝐹(𝑟)d𝑤2 +2𝐻(𝑟)d𝑤d𝑟 +𝐺(𝑟)d𝑟2 +{𝐷(𝑟)}2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) = 𝐹(𝑟) [ d𝑤2 + 2𝐻(𝑟)𝐹(𝑟) d𝑤d𝑟 + { 𝐻(𝑟)𝐹(𝑟) } 2 d𝑟2 ] +2𝐻(𝑟) { d𝑤 +𝐻(𝑟)𝐹(𝑟)d𝑟 } d𝑟 +𝐺(𝑟)d𝑟2 +{𝐷(𝑟)}2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) = 𝐹(𝑟)d𝑤2 2𝐻(𝑟)d𝑤d𝑟 {𝐻(𝑟)}2𝐹(𝑟) d𝑟2 +2𝐻(𝑟)d𝑤d𝑟 + 2 {𝐻(𝑟)}2𝐹(𝑟) d𝑟2 +𝐺(𝑟)d𝑟2 +{𝐷(𝑟)}2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) = 𝐹(𝑟)d𝑤2 + [ {𝐻(𝑟)}2𝐹(𝑟) +𝐺(𝑟) ] d𝑟2 +{𝐷(𝑟)}2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) のようになる。最後の第2項の角括弧内は 𝑟 のみの関数であるから、これを 𝐶(𝑟) と書き直せば d𝑠2 = 𝐹(𝑟)d𝑤2 +𝐶(𝑟)d𝑟2 +{𝐷(𝑟)}2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) (9) である。座標変換によってこの形に変形できるなら、最初から 𝑤 でなく 𝑤′ を使って解くことにすれば計量テンソルの非対角成分はすべて最初からゼロにできるのだ。

さらに次のような座標変換をする。 𝑟 𝑟=𝐷(𝑟) 旧座標 𝑟 で表された量を新座標 𝑟′ で表すと 𝑟 = 𝐷1(𝑟) (10) d𝑟=∂𝑟∂𝑟d𝑟 = 𝐷1(𝑟) ∂𝑟 d𝑟 d𝑟2 = { 𝐷1(𝑟) ∂𝑟 } 2 d𝑟2 (ただし 𝐷⁻¹ は 𝐷 の逆関数)であるから、これらを(9)式に代入すると線素は d𝑠2 = 𝐹(𝑟)d𝑤2 +𝐶(𝑟)d𝑟2 +{𝐷(𝑟)}2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) = 𝐹(𝐷1(𝑟)) d𝑤2 +𝐶(𝐷1(𝑟)) { 𝐷1(𝑟) ∂𝑟 } 2 d𝑟2 +𝑟2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) = [𝐹(𝐷1(𝑟))] d𝑤2 + [ 𝐶(𝐷1(𝑟)) { 𝐷1(𝑟) ∂𝑟 } 2 ] d𝑟2 +𝑟2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) のようになる。最後の2個の角括弧内は 𝑟′ のみの関数であるから、これらをそれぞれ 𝐴(𝑟′) および 𝐵(𝑟′) と書き直せば d𝑠2 = 𝐴(𝑟)d𝑤2 +𝐵(𝑟)d𝑟2 +𝑟2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) (11) である。座標変換によってこの形に変形できるなら、最初から 𝑟 でなく 𝑟′ を使って解くことにすれば 𝑔₂₂ と 𝑔₃₃ から未知関数を排除できるのだ。

そういうわけで、 𝑤′ および 𝑟′ を改めて 𝑤 および 𝑟 と置けば線素は d𝑠2 = 𝐴(𝑟)d𝑤2 +𝐵(𝑟)d𝑟2 +𝑟2 (d𝜃2+sin2𝜃d𝜑2) であり、計量テンソルは (𝑔𝜇𝜈)= ( 𝐴(𝑟)000 0𝐵(𝑟)00 00𝑟20 000𝑟2sin2𝜃 ) (12) のように表される。これを(3)式に代入したものを解いて 𝐴(𝑟) および 𝐵(𝑟) を求めればよいというわけである。

ところでここまでの話で論理に抜けはないだろうか。(6)式を座標変換することで(11)式に変形できるというが、仮に恒等的に 𝐹(𝑟) = 0 だったら(7)(8)式の座標変換はできないし、 𝐷(𝑟) の逆関数が存在しなかったら(10)式の座標変換はできないではないか。だからもしそんな解が存在していたら、(12)式から出発したらそれらの解を見落としてしまうかもしれない。しかしそこまで気にする必要はないだろう。今は有るか無いかもわからない厳密解を1個でもいいから見つけたいのであって、網羅的に解を求めようとしているのではないからだ。よってとりあえず(12)式を出発点としよう。((6)式(11)式に座標変換できないような特殊な場合については、条件を緩めた「バーコフの定理」の記事で後で考えることにする。)

解の条件

未知関数 𝐴(𝑟) や 𝐵(𝑟) に何か条件はあるだろうか。仮に恒等的に 𝐴(𝑟) = 0 だとすると、計量テンソルの0行目と0列目がすべて0になるので 𝑥 (= 𝑤) 座標がまったく意味を持たなくなり、3次元になってしまう。これは4次元時空の解を求めたい前提に反する。 𝐵(𝑟) も同様である。したがって恒等的に 𝐴(𝑟) = 0 や 𝐵(𝑟) = 0 ではないこととする。それ以外には特に条件は付けないでおこう。

境界条件に関しては、無限遠で時空が平坦になるという境界条件を課している教科書もあるが、今の段階ではそれほど気にしなくてよい。まだ解が存在するかどうかもわからないうちに解の可能性を狭めてしまうのは得策ではないだろう。境界条件を定めないと先に進めないような状況になったら考えればよいのである。あらかじめ結果を言っておくと、今の問題ではわざわざ「無限遠で平坦」という条件を課さなくてもその条件に合う解しか出てこないのだ。

⛭ 数式の表示設定 (S)