3.3 光と物質で満たされた宇宙
現実の宇宙には光もあるしさまざまな物質もある。そのような複数の成分からなる宇宙について考えてみよう。しかし複数の現実的な成分の状態方程式(12)式をまじめに考えることはあまりに複雑であり手に負えない。そこで、単純化するために2つの大胆な仮定を置くことにする。
第一の仮定として、物質は「相対論的物質」と「非相対論的物質」の2種類しかないものとする。相対論的物質とは、速度が光速に近く、運動エネルギーが静止エネルギーよりはるかに大きく、エネルギーのほとんどが運動エネルギーである物質のことである。非相対論的物質とは、速度が光速に比べて十分に小さく、運動エネルギーが静止エネルギーよりはるかに小さく、エネルギーのほとんどが静止エネルギーである物質のことである。
第二の仮定として、異なる成分間の相互作用を無視する。現実には例えば物質の原子が光を吸収して励起状態になったり電離したりするが、そのような現象は考えないということである。そうすることで状態方程式とエネルギー保存則の式が各成分ごとに別々に成り立つとみなすことができる。
これらの仮定の下で各成分の状態方程式とエネルギー保存則の式を考える。
相対論的物質については、そのエネルギーのほとんどが運動エネルギーであるから、状態方程式は近似的に光(放射)のそれと同じになる。ここで、光の状態方程式に厳密に従う光と、光の状態方程式に近似的に従う相対論的物質を、わざわざ別々に扱うこともないので、この先では光と相対論的物質をいちいち区別せずに一緒にして考えることにする。そのエネルギー密度を 𝜀𝑟 、圧力を 𝑝𝑟 とすれば、3.1節と同様の計算により、
とすることができる。
非相対論的物質については、そのエネルギーのほとんどが静止エネルギーであり圧力を0とみなすことができるから、状態方程式は近似的にダスト流体のそれと同じになる。よって、そのエネルギー密度を 𝜀𝑚 、圧力を 𝑝𝑚 とすれば、3.2節と同様の計算により、
とすることができる。
したがって総エネルギー密度は
であるから、これをフリードマン方程式(10)式に代入すると、
となる。 𝐾𝑟 と 𝐾𝑚 は正の定数であり、これらが大きいほど宇宙に存在する光や物質のエネルギーが大きくなる。
今から(100)式の解を求めたいわけだが、ここまで話したように、(100)式はかなり大胆な仮定の下で単純化して作られた近似式である。実際には相対論的物質と非相対論的物質の中間的な性質を示す物質も少しはあるだろうし、宇宙膨張に伴って温度が下がるにしたがって相対論的物質が非相対論的物質に徐々に移行することもあるだろう。それに相対論的物質と非相対論的物質の相互作用もゼロではないはずだ。だから(100)式の数学的な厳密解をどこまでも追究することは物理的(宇宙論的)にはあまり意味がなさそうである。この後で時々やたら細かい話が出てくるが、そういうのは数学的興味に過ぎないものと思ってほしい。
では始めよう。(100)式を変形すると、
となり、両辺は恒等的に0でないから
となる。この先は 𝛬 と 𝑘 の値によって次のように場合分けをして考える。
【1】 𝛬 = 𝑘 = 0 のとき
(103)式は
となる。これを積分するだけなら簡単である。置換積分するまでもなく、左辺の被積分関数を
のように変形できることはすぐにわかるから、あとはこの右辺の括弧内の各項を項別に積分すればよい。だが、その先で 𝑎 について解くときの手間を考えると、今ここで置換積分しておく方が楽なのだ。いや、 𝑡 を 𝑎 の関数で表せれば、 𝑎 を 𝑡 の関数で表す必要はない、という人は直接(104)式を積分すればよい。ここでは、あまり意義はないかもしれないが 𝑎 を 𝑡 の関数で表すとどうなるかも試してみたいので、一見遠回りだが置換積分をしてみる。新しい変数を 𝑢 として
と置く。ただし 𝑢 は正のものを選ぶこととする。(105)式の両辺を微分すると
であるから、これらを(104)式に代入すると
となる。(107)・(105)式が媒介変数表示による解である。ところでここまでは 𝑢 を正に限っていたが、(105)式は 𝑢 を符号反転しても何も変わらず、(107)式は 𝑢 の符号反転は複号を逆にすることと等価である。ということは 𝑢 が負でもよいことにする代わりに(107)式の左辺の複号を取り払っても同じことである。したがって解の媒介変数表示は
とすることができる。数学的には 𝑢 = 0 のときも解に含めて構わない。(108)・(109)式は1本のなめらかな曲線で表される関係であるが物理的には2つの解と1つの無意味な部分が含まれている。
の部分は、時刻
に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、無限の未来に 𝑎 → ∞ になる宇宙である。
の部分はその時間反転である。
の部分は 𝑎 < 0 となって物理的に無意味である。
𝑡 について解きたければ、(109)式より
だから、これらを(108)式に代入すれば
となる。この表式は直接(104)式を積分することでもすぐに得られる。 𝑎 ≧ 0 の範囲で複号が+の解は膨張宇宙、複号が−の解は収縮宇宙である。あるいは(112)式を2乗して
のように書けば、複号や根号がなくなって見やすいかもしれない。
𝑎 について解きたければ、(108)式より
だから、これを解けばまず実数 𝑢 が
のように決まる。各式の 𝑢 の値が取り得る範囲を調べると、3行目の複号+と1行目が膨張宇宙に対応し、4行目と3行目の複号−が収縮宇宙に対応し、2行目が物理的に無意味な範囲に対応することがわかる。これらを(109)式に代入すれば 𝑎 を 𝑡 の関数で表すことができる。すなわち、膨張宇宙を表す解は
となり、収縮宇宙を表す解は
となり、物理的に無意味な範囲(蛇足)は
となる。途中の式変形が長くなったので、結果だけもう一度まとめて書いておくと、
である。複号が+の解は膨張宇宙、複号が−の解は収縮宇宙である。(114)式は 𝑡 の値(時刻)に応じて1行目と2行目の書き方に分かれてしまったが、これは頑なに実関数だけで表そうとしたからこうなっているのであり、複素関数だと思えば1行目と2行目は同じ式であるからどちらか一方の式で全範囲を表すことができる。
わざわざ 𝑢 を介さなくても、直接(113)式を 𝑎 について解けばすぐに(114)式が得られそうな気がするかもしれないが、そう簡単にはいかない。まず(113)式には 𝑎 の2次の項があるから定数を足して変数変換しなければならない。そうして変数変換した方程式を同様に解くと arcosh や arccos の引数がより複雑になる。複雑なままでも間違いではないが、 𝑡 の符号に応じてさらなる場合分けを強いられることもありややこしい。それを(114)式のように簡単にしようとすると、あらかじめ答えを知っていないと思いつかないような式変形が必要になるし、式変形の際に arcosh や arccos の値域に細心の注意を払わなければならず疲れるのだ。だから今やったように置換積分して先に 𝑢 を 𝑡 の関数として表しておくのが楽である。
【2】 𝛬 = 0 ≠ 𝑘 のとき
(103)式は
となる。ここからさらに 𝑘 の値によって場合分けをする。
【2‐1】 𝛬 = 0, 0 < 𝑘 のとき
条件より
である。
の左辺の被積分関数の分母の根号の中身は正でなければならないから、 𝑎 は
を満たす範囲を動くことができる。そこで新しい変数を 𝑢 として
とおく。ただし 𝑢 は 0 < 𝑢 < 𝜋 の範囲から選ぶこととする(したがって sin 𝑢 > 0)。すると
であり、(117)式を微分すると
であるから、これらを(115)式に代入すると
のようになる。(120)・(118)式が媒介変数表示による解である。ところでここまでは 𝑢 を正に限っていたが、(118)式は 𝑢 を符号反転しても何も変わらず、(120)式は 𝑢 の符号反転は複号を逆にすることと等価である。ということは 𝑢 が負でもよいことにする代わりに(120)式の左辺の複号を取り払っても同じことである。また、 𝑢 = 0 すなわち 𝑡 = 0 のときに(116)式を使うと(115)式の左辺の被積分関数の分母が0になってしまうので除外して考えてきたが、(102)式までさかのぼってみるとそのときも 0 = 0 となってちゃんと成り立っている。よって 𝑡 = 0 のときも(120)・(118)式は解である。したがって解の媒介変数表示は
とすることができる。時間座標 𝑐𝑡 と曲率半径
の関係をグラフに描けばトロコイドになる。数学的には 𝑢 が取り得る範囲はすべての実数にまで広げて構わない。この解のうち
の部分は時刻
に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、時刻 𝑡 = 0 に最大値
になって加速収縮に転じ、時刻
に 𝑎 = 0 になって終わる宇宙である。
の範囲が膨張期であり、
の範囲が収縮期である。
の部分は 𝑎 < 0 となって物理的に無意味である。
媒介変数を使わずに1個の式で表したければ、(122)式より
だから、これらを(121)式に代入すれば
のように書くこともできる。複号の−が膨張期であり、複号の+が収縮期である。逆に 𝑎 を 𝑡 の初等関数で書くことはできないだろう。
【2‐2】 𝛬 = 0,
のとき
条件より
である。
の左辺の被積分関数の分母の根号の中身は正でなければならないから、 𝑎 は
を満たす範囲を動くことができる。そこで新しい変数を 𝑢 として
とおく。ただし 𝑢 は正ものを選ぶこととする(したがって sinh 𝑢 > 0)。数学的には
が負になる領域を見落としてはいけないが、今は物理的に 𝑎 ≧ 0 だからそれは負にならないのでそこは考えなくてよい。すると
であり、(126)式を微分すると
であるから、これらを(115)式に代入すると
のようになる。(129)・(127)式が媒介変数表示による解である。ところでここまでは 𝑢 を正に限っていたが、(127)式は 𝑢 を符号反転しても何も変わらず、(129)式は 𝑢 の符号反転は複号を逆にすることと等価である。ということは 𝑢 が負でもよいことにする代わりに(129)式の左辺の複号を取り払っても同じことである。したがって解の媒介変数表示は
とすることができる。数学的には 𝑢 = 0 のときも解に含めて構わない。時間座標 𝑐𝑡 と曲率半径
の関係をグラフに描いた曲線は、トロコイドの三角関数を双曲線関数に置き換えたようなものだが、この曲線に名前がついているかどうかは知らない。(130)・(131)式は数学的には1本のなめらかな曲線で表される関係であるが物理的には2つの解と1つの無意味な部分が含まれている。
の部分は時刻
に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、無限の未来に等速膨張になり 𝑎 → ∞ になる宇宙である。
の部分はその時間反転である。
の部分は 𝑎 < 0 となって物理的に無意味である。
媒介変数を使わずに1個の式で表したければ、(131)式より
だから、これらを(130)式に代入すれば
のように書くこともできる。複号が+の解は膨張宇宙、複号が−の解は収縮宇宙である。逆に 𝑎 を 𝑡 の初等関数で書くことはできないだろう。
【2‐3】 𝛬 = 0,
のとき
条件より
となるから、これを(115)式に代入すると
のようになる。右辺の全体に複号がついているから左辺の符号がひっくり返っても等式の意味は変わらないので、左辺の被積分関数の分母の絶対値記号はあってもなくても同じだからはずすと、
となる。 𝑎 ≧ 0 だから ln の引数の絶対値記号は外してよい。複号が+の解は、時刻
に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、無限の未来に等速膨張になり 𝑎 → ∞ になる宇宙である。複号が−の解はその時間反転である。逆に 𝑎 を 𝑡 の初等関数で書くことはできないだろう。
この解はわざわざ媒介変数表示するほどややこしくないが、無理やり他の場合と体裁を合わせて媒介変数表示をしたければ
と書くこともできる。ただしこのように書いた場合、(135)式と比較して 𝑡 が定数分ずれるので注意が必要である。物理的に意味があるのは
の部分である。
【2‐4】 𝛬 = 0,
のとき
条件より
であるから、
の左辺の被積分関数の分母の根号の中身は 𝑎 にかかわらず正である。そこで新しい変数を 𝑢 として
とおく。すると
であり、(137)式を微分すると
であるから、これらを(115)式に代入すると
のようになる。(140)・(138)式が媒介変数表示による解である。今回はいつものように「𝑢 が負でもよいことにする代わりに複号を取り払う」ことはできない。改めて解の媒介変数表示を書いておくと、
である。複号が+の解のうち
の部分は、時刻
に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、無限の未来に等速膨張になり 𝑎 → ∞ になる宇宙である。複号が−の解のうち
の部分はその時間反転である。複号にかかわらず
の部分は 𝑎 < 0 となって物理的に無意味である。
媒介変数を使わずに1個の式で表したければ、(142)式より
だから、これらを(141)式に代入すれば
のように書くこともできる。複号が+の解は膨張宇宙、複号が−の解は収縮宇宙である。逆に 𝑎 を 𝑡 の初等関数で書くことはできないだろう。
【参考】 𝛬 = 0, 𝑘 < 0 のときの別解
𝛬 = 0 ≠ 𝑘 となるすべての場合についてすでに【2‐1】〜【2‐4】で言い尽くしたわけだが、このうち 𝑘 < 0 となる【2‐2】〜【2‐4】は1つの共通した表式でまとめて解を表すこともできる。そのやり方をやってみよう。
を置換積分するため新しい変数を 𝑣 として
と置く。ただし1つの 𝑎 に対応する 𝑣 が2つあるときは大きい方を選ぶこととする。すると
である。これらを(115)式に代入すると、左辺の積分の中の分子は
となり、左辺の積分の中の分母は
となるから、(115)式全体は
のようになる。右辺の全体に複号がついているから左辺の符号がひっくり返っても等式の意味は変わらないので、左辺の被積分関数の分母の絶対値記号はあってもなくても同じだからはずすと、
のようになる。(148)・(146)式が媒介変数表示による解であるが、よく調べると媒介変数 𝑣 は正の場合だけを考えれば十分であることがわかるので、 𝑣 を正に限定して絶対値記号をはずすことができる。改めて書くと、
である。複号が+の解のうち
の部分は、時刻
に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、無限の未来に等速膨張になり 𝑎 → ∞ になる宇宙である。複号が−の解のうち
の部分はその時間反転である。複号にかかわらず
の部分は、
の部分と同じ解になるか 𝑎 < 0 となって物理的に無意味であるかのどちらかである。
媒介変数を使わずに1個の式で表したければ、もう面倒なので途中の式変形は書かないが、(150)式より
だから、これを(149)式に代入すれば
のようになる。複号が+の解は膨張宇宙、複号が−の解は収縮宇宙である。逆に 𝑎 を 𝑡 の初等関数で書くことはできないだろう。
今のやり方で出てきた(149)・(150)式または(151)式は、当然ながら【2‐2】〜【2‐4】で求めた解と基本的には同じであるが、 𝑡 が定数分だけずれている。このやり方があるなら【2‐2】〜【2‐4】は不要と思うかもしれない。だが、書いていないだけで 𝑣 について解くところで場合分けして考えねばならない場面があってめんどくさいし、(149)・(150)式の解の形はあまりきれいではない上に見ただけでは解の挙動を把握しづらい。最初から場合分けをした【2‐2】〜【2‐4】とどちらが便利だと思うかは人によるだろう。
ここまでで 𝛬 = 0 の場合についてはすべて片付いた。長くなってきたので、 𝛬 ≠ 0 の場合については次のページ以降で扱うことにする。