3.2 ダスト流体で満たされた宇宙
次に中身がダスト流体だけの宇宙について考えてみよう。ダスト流体とは圧力が0の完全流体のことである。圧力 𝑝 が0だというのだからダスト流体の状態方程式(12)式は
である。現実の物質では圧力が完全にぴったり0ということはありえないだろう。だが加速度方程式やエネルギー保存則の式の中で圧力 𝑝 はエネルギー密度 𝜀 とともに 𝜀 + 3𝑝 とか 𝜀 + 𝑝 という組み合わせで登場しているから、もし 𝑝 ≪ 𝜀 ならば 𝑝 ≈ 0 とみなしてよい。物質の(今考えている座標系に対する)速度が光速に比べてはるかに小さければ、それはダスト流体に近似することができる。この節のモデルはそのような物質で満たされた宇宙に対する近似である。前節と違って当節では状態方程式自体に近似の概念が入ってくるということだ。この状態方程式をエネルギー保存則の(11)式に代入すると、
となり、ダスト流体のエネルギー密度はスケール因子の−3乗に比例する。これをフリードマン方程式(10)式に代入すると、
となる。 𝐾𝑚 は正の定数であり、これが大きいほど宇宙に存在するダスト流体のエネルギーが大きくなる。(42)式を変形すると、
となり、両辺は恒等的に0でないから
となる。この先は 𝛬 と 𝑘 の値によって次のように場合分けをして考える。
【1】 𝛬 = 𝑘 = 0 のとき
(45)式は
となる。複号が+の解は、時刻 𝑡 = 0 に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、無限の未来に 𝑎 → ∞ になる宇宙である。複号が−の解はその時間反転である。
この解で表される膨張宇宙を「アインシュタイン・ドジッター宇宙」と呼ぶ。これは第2章で出てきた「アインシュタイン宇宙」とは関係ないし、別の記事「真空の宇宙に対するフリードマン方程式を解く」で出てきた「ドジッター宇宙」とも関係ない。アインシュタイン先生とドジッター先生の共同研究で提案されたことに由来してそう呼ばれているだけだ。
【2】 𝛬 = 0 ≠ 𝑘 のとき
(45)式は
となる。ここからさらに 𝑘 の符号によって場合分けをする。
【2‐1】 𝛬 = 0, 𝑘 > 0 のとき
の左辺の被積分関数の分母の根号の中身は正でなければならないから、 𝑎 は
を満たす範囲を動くことができる。そこで新しい変数を 𝑢 として
とおく。ただし 𝑢 は 0 < 𝑢 ≦ 𝜋 の範囲から選ぶこととする(したがって
,
)。(48)式の両辺を微分すると
であるから、これらを(47)式に代入すると
のようになる。(51)・(49)式が媒介変数表示による解である。ところでここまでは 𝑢 を正に限っていたが、(49)式は 𝑢 を符号反転しても何も変わらず、(51)式は 𝑢 の符号反転は複号を逆にすることと等価である。ということは 𝑢 が負でもよいことにする代わりに(51)式の左辺の複号を取り払っても同じことである。また、 𝑢 = 0 すなわち 𝑡 = 0 のときに(48)式を使うと(47)式の左辺の被積分関数の分母が0になってしまうので除外して考えてきたが、(44)式までさかのぼってみるとそのときも 0 = 0 となってちゃんと成り立っている。よって 𝑡 = 0 のときも(51)・(49)式は解である。したがって解の媒介変数表示は
とすることができる。時間座標 𝑐𝑡 と曲率半径
の関係をグラフに描けばサイクロイドになる。数学的には 𝑢 が取り得る範囲はすべての実数にまで広げて構わない。これは時刻
に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、時刻 𝑡 = 0 に最大値
になって加速収縮に転じ、時刻
に 𝑎 = 0 になって終わる宇宙である。 −𝜋 < 𝑢 < 0 の範囲が膨張期であり、 0 < 𝑢 < 𝜋 の範囲が収縮期である。文献によっては sin 𝑢 と cos 𝑢 の符号が負になっているものもあるが、位相 𝑢 が 𝜋 ずれている(それに伴って時間座標 𝑡 の原点もずれている)だけで実体は同じである。どちらかが間違っているわけではない。そのような文献は媒介変数 𝑢 と時刻 𝑡 とスケール因子 𝑎 が同時に 0 になるように媒介変数と積分定数を調整しているのである。
媒介変数を使わずに1個の式で表したければ、(53)式より
だから、これらを(52)式に代入すれば
のように書くこともできる。複号の−が膨張期であり、複号の+が収縮期である。逆に 𝑎 を 𝑡 の初等関数で書くことはできないだろう。
【2‐2】 𝛬 = 0, 𝑘 < 0 のとき
の左辺の被積分関数の分母の根号の中身は 𝑎 (≧ 0) の値にかかわらず正である。そこで新しい変数を 𝑢 として
とおく。ただし 𝑢 は非負のものを選ぶこととする(したがって
)。(56)式の両辺を微分すると
であるから、これらを(47)式に代入すると
のようになる。(59)・(57)式が媒介変数表示による解である。ところでここまでは 𝑢 を非負に限っていたが、(57)式は 𝑢 を符号反転しても何も変わらず、(59)式は 𝑢 の符号反転は複号を逆にすることと等価である。ということは 𝑢 が負でもよいことにする代わりに(59)式の左辺の複号を取り払っても同じことである。したがって解の媒介変数表示は
とすることができる。時間座標 𝑐𝑡 と曲率半径
の関係をグラフに描いた曲線は、サイクロイドの三角関数を双曲線関数に置き換えたようなものだが、この曲線に名前がついているかどうかは知らない。この解には物理的には2つの解が含まれている。 𝑢 ≧ 0 の部分は時刻 𝑡 = 0 に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、無限の未来に等速膨張になり 𝑎 → ∞ になる宇宙である。 𝑢 ≦ 0 の部分はその時間反転である。
媒介変数を使わずに1個の式で表したければ、(61)式より
だから、これらを(60)式に代入すれば
のように書くこともできる。複号が+の解は膨張宇宙、複号が−の解は収縮宇宙である。逆に 𝑎 を 𝑡 の初等関数で書くことはできないだろう。
【3】 𝛬 ≠ 0 = 𝑘 のとき
(45)式は
となる。ここからさらに 𝛬 の符号によって場合分けをする。
【3‐1】 𝛬 < 0, 𝑘 = 0 のとき
の左辺の被積分関数の分母の根号の中身は正でなければならないから、 𝑎 は
すなわち
を満たす範囲を動くことができる。そこで新しい変数を 𝑢 として
とおく。ただし 𝑢 は
の範囲から選ぶこととする(したがって sin 𝑢 > 0)。すると
であるから、これらを(64)式に代入すると
のようになる。(65)式で 𝑢 の符号は正に限られていたので、(68)式の右辺の複号は 𝑡 < 0 のときは−を、 𝑡 > 0 のときは+を採用するべきである。(68)式を(66)式に代入すれば
となる。 𝑢 = 0 すなわち 𝑡 = 0 のときに(65)式を使うと(64)式の左辺の被積分関数の分母が0になってしまうので除外して考えてきたが、(44)式までさかのぼってみると 0 = 0 となってちゃんと成り立っている。よって 𝑡 = 0 のときも(69)式は解である。これは時刻
に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、時刻 𝑡 = 0 に最大値
になって加速収縮に転じ、時刻
に 𝑎 = 0 になって終わる宇宙である。
【3‐2】 𝛬 > 0, 𝑘 = 0 のとき
の左辺の被積分関数の分母の根号の中身は 𝑎 (≧ 0) の値にかかわらず正である。そこで新しい変数を 𝑢 として
とおく。すると
であるから、これらを(64)式に代入すると
のようになる。(73)式を(71)式に代入すれば
となる。複号が+の解は、時刻 𝑡 = 0 に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、時刻
に
になって加速膨張に転じ、無限の未来に 𝑎 → ∞ になる宇宙である。複号が−の解はその時間反転である。
ここまでで 𝛬 = 0 または 𝑘 = 0 の場合についてはすべて片付いた。長くなってきたので、 𝛬 ≠ 0 かつ 𝑘 ≠ 0 の場合については次のページで扱うことにする。