𝛬 ≠ 0 かつ 𝑘 ≠ 0 の場合で初等的に積分する方法を私が知っているのはこの条件
このとき 𝛬 と 𝑘 は負であり、 𝐽 も負である。(77)式は
三角関数の最も基本的な関係式の一つである
𝑢 = 0 すなわち 𝑎 = −2𝐽 のときは(78)式の左辺の被積分関数の分母が0になってしまうので除外して考えてきたが、(44)式までさかのぼってみるとそのときも 0 = 0 となってちゃんと成り立っている。よって 𝑎 = −2𝐽 のときも(85)式は解である。これは時刻
ところで(79)式の変数変換で置換積分をしたときに左辺を 𝑢² でなく
このとき 𝛬 と 𝑘 は正であり、 𝐽 も正である。(77)式は
双曲線関数の最も基本的な関係式の一つである
この解には物理的には4つの解が含まれている。複号が+の解の 0 ≦ 𝑎 < 𝐽 の範囲は、時刻 𝑡 = 0 に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、無限の未来に 𝑎 = 𝐽 になる宇宙である。複号が−の解の 0 ≦ 𝑎 < 𝐽 の範囲はその時間反転である。複号が+の解の 𝐽 < 𝑎 の範囲は、無限の過去に 𝑎 → ∞ だったものが減速収縮し、無限の未来に 𝑎 = 𝐽 になる宇宙である。複号が−の解の 𝐽 < 𝑎 の範囲はその時間反転である。
それにしても、 9𝛬𝐾𝑚² = 4𝑘³ などという(74)式の関係式が偶然にもぴったり成り立つなんてことはまず起こらないだろう、数学的にはあり得るかもしれないが物理的には特に考えなくてもよさそうである。……と思うかもしれないが、ルメートル先生の1927年の論文 “Un Univers homogène de masse constante et de rayon croissant, rendant compte de la vitesse radiale des nébuleuses extra‐galactiques” では、この関係式の下で解を求めている。それも「この場合なら解析的に積分できるから」みたいなしょうもない理由ではなく、(現代の知識とは合わないが当時としては)きちんとした物理的な根拠に基づいて、この宇宙ではこの関係式が(少なくとも近似的には)成り立たねばならないと論じている。その論文の須藤靖先生による日本語訳は須藤靖 編「20世紀科学論文集 現代宇宙論の誕生」(岩波書店)に収録されているので興味があれば読んでみるとよい。ハッブル先生の論文より先にハッブル・ルメートルの法則(旧称「ハッブルの法則」)を示しハッブル定数の値を求めていたことで21世紀に入ってから話題になった論文である。
ところで(94)式では 𝑎 は 𝐽 以外のすべての非負の値を取り得るが、有限の時刻に 𝑎 = 𝐽 になることがない。では今の関係式の下で初期条件を 𝑎 = 𝐽 としたらフリードマン方程式の解がないのかといえば、そんなことはなくて、その場合は恒等的に 𝑎 = 𝐽 となる定数関数が解になる。それは第2章で出てきた「アインシュタインの静止宇宙」に他ならない。ではなぜ今の計算でその解が出てこなかったのかわかるだろうか。この章では最初から定数関数を除外しているから、というのはそのとおりだが、式変形のどの段階で除外されたのかという話である。わかる人は良いが、わからない人のために説明しておこう。この節の最初の方で(44)式の下で「両辺は恒等的に0でないから」という断り書きを付けて右辺の表式で両辺を割っているところがある。 𝑎 が定数関数だった場合は、そこは「両辺は恒等的に0」になるから、0で割ることになってしまってそれ以降の式変形が意味を持たなくなるのだ。その時点で定数関数である可能性が捨てられている。
「それ以外」とは、 𝛬 も 𝑘 も0でなく、 9𝛬𝐾𝑚² ≠ 4𝑘³ のときである。このときは初等的に積分することはできない(できる場合もあるかもしれないが私は知らない)ので、近似的な話にとどめておく。
今の場合のフリードマン方程式より、
𝑎 と 𝑓(𝑎) の関係は図1のようになる。 𝑓(𝑎) は 𝑎 > 0 において単調減少であり、上限や下限はなくすべての実数をとる。
𝑘 の値が何であっても、 𝑎 が取りうる値に制限が生じる。例えば 𝑘 が図1に描いたところにあれば、 𝑎 は図1の 𝑎𝑆 より大きい値をとることができない。つまり 𝑓(𝑎𝑆) = 𝑘, 𝑎𝑆 > 0 とすれば解が取り得る範囲は 0 ≦ 𝑎 ≦ 𝑎𝑆 である。
𝑎 ≈ 0 の辺りでは(43)式の右辺は第1項が他を圧倒するから、第1項以外を無視すれば
𝑎 ≈ 𝑎𝑆 の辺りでは 𝑓(𝑎) を1次までのテーラー展開で近似すると
𝑎 ≈ 0 と 𝑎 ≈ 𝑎𝑆 の間では、
𝑎 の最大値 𝑎𝑆 は 𝑓(𝑎) = 𝑘 の正の解だから
フリードマン先生の1922年の論文 “Über die Krümmung des Raumes” (を樽家篤史先生が日本語に訳したもの。須藤靖 編「20世紀科学論文集 現代宇宙論の誕生」(岩波書店)に収録。)では、この解で表される正曲率 (𝑘 > 0) の宇宙を「periodische Welt (周期世界)」と呼んでいる。ただし、数学的には無限に繰り返される周期解になるようだが、物理的にはスケール因子が0になる瞬間は特異点となりその先に解を延ばせないので、この解は有限の寿命を持った宇宙である。
𝑎 と 𝑓(𝑎) の関係は図2のようになる。 𝑓(𝑎) はスケール因子がある値 𝑎 = 𝑎𝐿 のときに最小値 𝑓(𝑎𝐿) をとる。 𝑓(𝑎) は 0 < 𝑎 < 𝑎𝐿 において減少し 𝑎𝐿 < 𝑎 において増加し、どちらの区間でも上限はなく 𝑓(𝑎𝐿) より大きいすべての実数をとる。 𝑎𝐿 に関する具体的な表式は
今度は 𝑘 の値に応じて解の定性的な挙動が変わり、3通りの解が考えられる。 𝑘 > 𝑓(𝑎𝐿) ならば、 𝑎 が取りうる値に制限が生じる。例えば 𝑘 が図2に描いたところにあれば、 𝑎 は図2の 𝑎𝑆 と 𝑎𝐵 の間の値をとることができない。つまり 𝑓(𝑎𝑆) = 𝑓(𝑎𝐵) = 𝑘, 0 < 𝑎𝑆 < 𝑎𝐵 とすれば解がとりうる範囲は 0 ≦ 𝑎 ≦ 𝑎𝑆 および 𝑎𝐵 ≦ 𝑎 である。 𝑘 < 𝑓(𝑎𝐿) ならば、 𝑎 は0以上のすべての値をとることができる。なお 𝑘 = 𝑓(𝑎𝐿) となるのは【4‐2】の場合であるからすでに解は求まっており、今の話の対象外である。
近似の考え方は【5‐1】と同じである。これは有限の時刻に 𝑎 = 0 から始まって減速膨張し、最大値
𝑎 ≈ 𝑎𝐵 の辺りでは 𝑓(𝑎) を1次までのテーラー展開で近似すると
𝑎 → ∞ の辺りでは(43)式の右辺は第3項が他を圧倒するから、第3項以外を無視すれば
𝑎 ≈ 𝑎𝐵 と 𝑎 → ∞ の間では、
フリードマン論文(樽家訳)では、この解で表される宇宙のうち最小値 𝑎 = 𝑎𝐵 となる時刻以降を「monotone Welt zweiter Art (第2種の単調な世界)」と呼んでいる。
𝑎 ≈ 0 の辺りでは近似の考え方は①や【5‐1】と同じであり、
𝑎 ≈ 𝑎𝐿 の辺りでは 𝑓(𝑎) を2次までのテーラー展開で近似すると
𝑎 → ∞ の辺りでは近似の考え方は②と同じであり、
𝑎 ≈ 0 と 𝑎 ≈ 𝑎𝐿 と 𝑎 → ∞ の間では、
この節の結果をまとめると、ダスト流体で満たされた宇宙に対するフリードマン方程式
𝑘 = 0 のとき、すなわち3次元空間部分が平坦なユークリッド空間であるときは、 𝑎 を 𝑡 の初等関数で表すことができて、解は
𝑘 ≠ 0 のとき、すなわち3次元空間部分が曲がっているときは、 𝑎 を 𝑡 の初等関数で表すことはできない。しかし 𝛬 と 𝑘 がある特別な条件を満たせば、 𝑡 を 𝑎 の初等関数で表すことや便利な媒介変数表示をすることができる。1個目の特別な条件とは 𝛬 = 0 であり、このとき解は
初等関数で表される解は以上だ。